社会人MBAから博士号取得を目指す➀

社会人がMBAを志し、さらに研究を進めるために進学したくなることがあります。わたしもそうでした。しかし、MBAから博士号取得を目指すのは容易ではありません。社会人MBAは修士課程ですが、目的が研究者養成ではなく、ビジネスパーソン養成だからです。よって、社会人MBAの修士課程では、修士論文の執筆が必須でないところが多く、修士論文に替わる個人研究等で、修了になります。この個人研究は、博士課程を受験できるようなレベルのものではありません。やはりまともに修士論文を書いていないと、博士課程を受験するのは難しいかと思います。

社会人向けMBAである筑波大学の社会人向け大学院、一橋大学のMBA,早稲田大学MBAから博士課程に進まれている方はいらっしゃいます。ただ、一般的な話ではないと思います。

2016年に慶應大学大学院経営管理研究科のExecutive MBAコースに進んだわたしは、2年目に個人研究をすることになり、日本CFO協会で経理財務部門の機能についてアンケートを取って、論文にまとめました。これをもっと研究したいなと思い、進学を考えました。アメリカ企業ではCFO配下のFP&A(Financial Planning & Analysis)機能が、管理会計のプロフェッショナルとして、企業の業績目標達成と意思決定を支援します。一方日本企業ではCFOは経理財務機能を主管しており、経営企画が管理会計の一部を担当していますが、だれも管理会計の専門家ではなく、機能が不十分です。なぜ日本の管理会計機能は弱いのか、どうすれば強くなるのかを研究したいと考えました。

日本企業の営業利益率は米国企業の比べて低い。それはなぜなのか。米国企業に勤めてきた私が、米国企業はすごいですと単に言い続けても、世の中何も変わりません。日本企業と米国企業はなにが違うのか、どうすればお互いの良いところが活かせるのか、まずは研究して理解しないと、何も言えません。

慶應ビジネススクールで個人研究を完成させたのですが、わたしの研究を今後も指導していただける専門分野の先生に巡り会えませんでした。そもそも自分がどの分野の研究をしたいのかもよくわからなかったので、仕方ありません。MBAはそもそもビジネスパーソンを育てるところであり、研究者を育てるところではありません。慶應ビジネススクールでは、2年間の全日制の部では論文指導があるのですが、土曜日だけ通学するExecutive MBAでは論文指導が設定されていませんでした。他の社会人MBAコースでも、修士論文を課されていないところは多いようです。

外資CFOの大先輩で、筑波大学の博士課程に行かれた方に相談していました。筑波大学の社会人向け大学院の博士課程で管理会計の研究をしようと思って入学したが、目当ての先生がよそに移ってしまい、結局やりたい研究ができないまま満期退学してしまったのです。他のCFO大先輩で早稲田の大学院で博士号を取得された方がいるのですが、その大学院は今はなくなっていました。さてどうするか。

いくつかの大学院の博士課程において、何人かの先生に話を聞きに行ったのですが、私の面倒を見ていただけそうなところがありませんでした。まず、私がいた大学院は修士課程と言ってもMBAですので、私にはまともに研究ができる素地がありません。例えば統計学を勉強しておらず、論文の読み方・書き方をまともに知りません。研究したいのであれば、昼間の大学院の修士課程に入って勉強しなおした方がいいのではということでした。

慶應ビジネススクールには博士課程があるにはあるのですが、非常に高い基準を設けており、社会人学生を受け入れておりません。

私の場合は、幸い社会人博士課程学生を受け入れている青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科博士後期課程の管理会計の指導教授に巡り会い、入学させていただくことになりました。指導教授はもちろん研究者として著名な方ですが、実際に管理会計の研究対象である社会人に興味があり、我々社会人の話をとても親身に聞いてくださいます。これはとても珍しいことです。わたしの印象ではありますが、大学、大学院と研究を重ねて大学教員になられた方々は、我々社会人を厳しい目で見られています。とても厳しい研究生活を重ねてこられて先生方にとって、研究職としての素地がない社会人が実務経験だけで途中から大学教員になることは、許容しにくいことなのではないかと思います。

ただし、私が在籍している大学院博士後期課程は決して社会人に甘い基準を持っているわけではありません。博士号取得のためには、学生であろうともきちんと査読付き学会誌に投稿して受理・掲載されなければならないという基準があり、それは容易なことではありません。

幸い博士課程に入れていただいて、指導教授に研究のしかたを教えていただき、やっと、自分が学ぶべき先行研究が何なのかがわかりました。わたしは、CFO組織の役割と組織業績への貢献について研究したかったのですが、”CFO”と検索してもそのような論文は出てきません。日本企業には欧米と同等の意味を持つCFOがほとんどいませんし、研究対象にもなっていないのです。管理会計を担当している人も企業には経理財務・経営企画などばらばらな部門にいて、研究対象になっていないのです。経理財務部門・経営企画部門の役割・組織について調べた研究はいくらかはありますが、あまりメジャーではありません。管理会計の学会でメジャーなのは、原価計算・バランスドスコアカードなどでしょうか。

日本には一人だけ管理会計担当者(米国ではManagement Accountants, )の役割・知識・スキルについて2010年まで研究していた先生がいらっしゃるのですが、その分野で他に研究を続ける先生はいらっしゃらない状況でした。

一方、欧米では、管理会計担当者(Management Accountants)の役割変化についての研究が数えきれないほどあることがわかりました。しかし”CFO”と検索してもでてきません。キーワードはManagement Accountantsだったのです。恥ずかしながら、論文の検索方法も知らない修士学生でした。

さて、私の他にも、MBA在学中に博士課程に進学したいと考える方もいるかもしれません。忘れてはならないのは、MBAは修士課程ではあるが、研究のための大学院ではないことです。博士課程は研究者のためにあるわけですから、他の研究のための大学院修士課程で研究している学生と同等の研究能力があることを証明しないと博士課程には入れていただけないのだと思います。そのためには、どうすればよいのか。わたしの思いつくところを書き留めます。

  • 自分が興味がある分野の先行研究を見つける。大学院の図書館サイトで論文の検索ができるようになっています。いろいろ可能性のあるキーワードを用いて検索してみましょう。少しでも関連する分野を研究されている先生や友人にも聞いてみましょう。
  • 自分の研究分野の先行研究論文をたくさん読みましょう。論文の書きかたについて、内容だけでなく、参考文献の書き方などお作法もよく勉強しないといけません。先行研究が参考文献にしている論文も読まないといけません。先行研究に統計分析ができくるのであれば、それも勉強しないといけません。
  • 自分が興味ある分野の学会はどこにあるのか。学会誌を読んで探してみましょう。
  • 師事したい教授を見つけて指導教授になっていただくのが一番です。大学院博士課程は授業を受けに行くところではなく、指導を受けて論文を書くところです。指導していただける教授を見つけてその先生の指導が受けられる大学院にはいる必要があります。
  • 大学院博士課程に入ることができたら、学会にも入って積極的に報告発表をし、先生方と仲良くなりましょう。自分は研究者としては駆け出しであるという謙虚な気持ちは忘れずに。しかし、自分の実務経験に興味を持って話しかけてくださる先生方もいらっしゃいます。
  • 博士課程に行く目的はなんでしょうか。博士号を取得して大学教員になりたいのでしょうか。それはなぜでしょうか。大学生に教えたいのか。研究がしたいのか。会社員人生の後で続けられる仕事を得たいのか。

現在わたしは博士課程3年目で、いよいよ学会誌に論文投稿をするべく論文を書いているところです。仕事をしながらですので大変ゆっくりした歩みではありますが、3年前には知らなかった世界で楽しくやっております。このようなことに関心がある社会人の方といろいろお話しができれば幸いです。

(続編を 社会人MBAから博士号取得を目指す②に書いていますので、そちらもぜひお読みください)