長田高校神撫会東京の広場で紹介されました。

わたしは、兵庫県立長田高校の出身です。東京で活躍されている方も多く、この度、私の活動を長田高校神撫会東京の広場で紹介していただきました。(くわしくはこちら)神撫台というのが、我々が体育の時間に毎回3キロとか走っていた運動場のあった場所です。それにちなんで、神撫会ですかね。

神戸市の第3学区の高校(現在は学区はなくなっているそうです)で、偏差値は高いですが、文武両道と称して、やたら体育に力を入れていました。体育の授業は3キロ走ってから始める。雨が降ったら、雨の中を8キロ走る。わたしが今でも体力があるのは、このおかげだと思います。

共通一次試験の前日に7キロ走ったんですが、クラスで一人しか休まなかったのを覚えています。私の娘たちは私立中高に行かせているので、大学受験の前は、12月の初めに学年末試験をして、そのあとは学校が休みです。。。当時の県立高校は共通一次の前の日に体育の授業をやってたんですね。。。今はどうなんでしょうか。

楽しい思い出は、長田高校の野球部が2016年の選抜の甲子園に出たこと。21世紀枠というやつです。一生に一度。。ということで、元野球部メンバーがチケットを用意してくれたので、日帰りで応援しに行きました。神戸にいる同級生の中には、子供がちょうど長田高校に行っている、という子もおり、感動ひとしおです。一回戦でもしかして勝つかも、という淡い期待を抱かせましたが、やはり一回戦敗退でした。でも感動をくれてありがとう!

紹介文面も載せておきます。

「Face To Face」NO.89「日本企業の経営管理・管理会計を進化させたい」

高36回生 池側千絵 多聞東中学卒 美術部 同志社大学文学部英文学科卒 ストラットコンサルティング会社代表取締役

大学卒業後、外資系企業の財務担当から社会人スタートした池側千絵さん(旧姓田中千絵さん)は、やがてレノボ・ジャパン、日本ケロッグなど世界の業界トップ外資系企業の日本子会社CFO(最高財務責任者)を務めるに至る。しかし、実際にお会いしてみると、「日本の優しいお母さん」のような風貌だ。

―P&Gで学んだ外資流仕事のやり方ー

 「英文科なのに、意外と英語ができないのね」。大学生時代の海外旅行で、外国人と話している様子を横で見ていた母親にそう言われた池側さんは一念発起。ロンドンへの語学留学を決意する。ホームステイ先の家族の方に「英文学を勉強して、仕事は何をするの?」と質問され、またもや一念発起。「そうか、企業で働くなら、英語を学んでいるだけではだめだ」と語学学校でビジネスの初歩や簿記も学んだ。

 男女雇用機会均等法が施行され、数年経過した状態での就職活動。池側さんがこだわったのは「男女同給料」という基準だった。商社や銀行でも女性総合職採用はスタートしていたが、まだまだ旧来の形が継続しているように見受けられた。ましてや、P&Gのような職種別の求人は皆無だった。

 留学から帰国後も簿記の勉強を続けていたこと、数字が得意だったこともありP&Gではマーケティング部門が人気だったが、あえてファイナンス(経営管理)部門を希望。今につながる道を歩き始めた。

 「マーケティング・営業・研究開発・生産など事業部門の人たちと一緒にプロジェクトチームに入り、彼らが仕事をする上での数値的目標の設定や達成の支援をし、どういう資金の使い方をすればよりよいリターンが得られるかを一緒に考えて意思決定をしていくのが仕事で、非常に充実した気持ちで成長していくことができました。今思えば、グローバル企業で活躍する本来的なCFOの役割に通じる仕事に携わることができたのです」

 P&Gでは、入社2年目には、米国本社に日本子会社の利益計画の状況を報告するチームに所属。5年目には管理職に、32歳で洗濯洗剤部門のファイナンス部長になった。その後娘二人を出産する。女性活躍で先進的なP&Gでも、当時子供を持つ管理職女性は多くはなかった。上の娘を出産したあとには、「管理職女性が出産」と日経新聞の女性欄から取材が来たほどだ。

 「出産しても働き続けようと思ったのは、私が28歳の時に日本に赴任してきていたフィリピン女性上司の影響が大きいですね。4人の子どもと夫とメイドさんを伴って赴任されていましたが、妻としても母としても人生を楽しみながら仕事をこなされていました。今でも彼女はフェイスブック友達ですが、お孫さんがたくさんいるようです。」

 「長田高校の後輩女性たちも、職場で活躍されている方が増えていると思いますが、私の経験では、管理職になる打診があったら是非受けることをお勧めます。仕事の計画を自分で立てやすくなり、子育てなどプライベートの予定とも両立しやすくなります」

 「とはいえ、神戸で自分の親との二世帯住宅に住み、車通勤だった私はかなり恵まれた環境だったとは思います。」

―ファイナンスヘッドとしてー

 夫が東京の会社に転職することになったことを契機に、かねてから東京に出たいと考えていた池側さんは、18年務めたP&Gから日本マクドナルドに転職。フランチャイズ事業部門の財務部長となる。以降、レノボ・ジャパン、日本ケロッグ、ウォルマート西友と、外資系企業の日本子会社のファイナンスの要職をいくつか務めてきた。

 特に、レノボ・ジャパンでCFOをしていた際、日本企業との合弁事業を通して日本企業の経理財務・事業企画の担当者たちと机を並べて仕事をする機会に恵まれた。

 「外資系企業のCFOは、日本企業でいうところの経営企画・経営管理・経理財務全般を担当し、全社的視点で経営管理をリードします。一般的な日本企業ではそれらの機能が違う部門に分かれています」。

 レノボでの経験から、外資系企業と日本企業の業務・役割の違いや、互いに学べる事項について調べてみたいと思い始めた。

 その後、日本企業の友人に勧められて中小企業診断士の資格を取得。慶應ビジネススクールにエグゼクティブ向けの土曜日中心のコースが設立されたことを知り入学。そこで、日本企業に勤める友人をたくさん作り、社外での勉強会に参加。講演・執筆活動も増えていった。

ウォルマート西友を最後に会社員生活をやめ、経営管理・管理会計のコンサルティング会社を起業したのが2019年4月。同時に、企業に所属するコンサルタントとしても、現在は活動している。

―これからー

 外資系企業ばかりで仕事をしてきた池側さんにとって、今の日本の大企業の経営管理・管理会計機能の状況は歯がゆい。ITインフラにしても、パソコンが持ち歩けず、オフィスに長くいないと仕事ができない企業があり、これでは子育てと両立がしにくいと感じる。訪問する企業においても、女性幹部と出会うことが少ないのが現状だ。

 「外資系企業で私が経験してきた経営ノウハウをもって、日本の企業のお役に立ちたい。経理財務の仕事の中の単純な部分は、これからはどんどん自動化されていくでしょう。ファイナンスの高度な知識を持って、事業の業績管理や意思決定を支援する仕事ができるようになっていく必要があります。日本企業には優秀でまじめな人が多いのですが、人材の流動性が低く、学びなおすことも少ないので、会社の外でどんな新しいことが起きているのか、知らされていないケースが多いと思います。私は、そこをお手伝いしたい。今、日本も日本企業も弱っていると感じています。日本企業は同業の欧米企業と比べて営業利益率が低い状況です。現在、日本企業の経営企画部向けのコンサルティングをさせていただいていますが、ただアドバイスを述べるだけではなく、日本企業に合った形で実際にプランを実行するところまでお手伝いしています」

 日本の、とりわけ、これからの日本を背負う若い人たちに学んでもらいたいことがたくさんある。そのための講演・執筆にも力を入れている。

「いつでも私に連絡をとってください!」これが若い世代の長田OBへの池側さんからのメッセージだ。

編集後記

 インタビューの最後に「プライベートでの楽しみは何ですか?」と質問してみたら、帰ってきた答えは「仕事と研究が趣味です」。だからこそ、いつまでも勉強を続けることができるのだと、記者はひたすら感心。ただ、仕事・研究そのものというよりは、それを通じて交友関係が広がっていくのが楽しいとのことでした。